ヨセミテ
クライミングツアー

2004年5月12日〜20日

メンバー 三浦・深野・村谷

5/12(水)宇部AP8:00→羽田AP9:30→成田AP11:00→5/12サンフランシスコ10:30→レンタカーセンター11:30→ヨセミテ国立公園17:00(アッパーパイン キャンプ場)

 

ヨセミテ国立公園は、アメリカ西海岸カリフォル二ア州のシェラネバダ山脈の中に位置し、標高差1000mの一枚岩エルキャピタンを筆頭にハーフドーム等世界中からクライマーが集まる場所である。

5/12(水)宇部空港からの出発なので割合に楽であった。飛行時間は9時間半であった。16時間の時差なのでサンフランシスコに降りたのは5/12のAM10:30であった。移動はレンタカーなのでブルーレインでレンタカーセンターへ行き、予約していた1500のアメ車を借りる。サンフランシスコはハイウェイが網目の様に走っており、思いどおりに進めず、北へ進んでしまったので、ベイブリッチからオークランドへ抜けハイウェイを580〜205〜120号へと走る。途中、モカシンの田舎町で給油(セルフ)、ここでホワイトガソリンも入手する。16:30ヨセミテ国立公園の入口へ到着、車一台20ドルで一週間の滞在である。しばらく走るとヨセミテ渓谷の大パノラマが目の前にガーンと圧倒的な大きな高さ大自然・・どちらを見ても岩ばかり・・。とりあえず本日の宿泊地アッパーパインキャンプ場でテント泊する。

5/13(木) ファイブオープンブックス『コメットトメント』『スーパーライズ』

4:30起床 キャンプ4(1人1日5ドル)でのテントサイト確保に出かける。やはり一番であった。パークレンジャーが来るのは8:30分。時間がもったいないので、深野さんに居てもらい、三浦、村谷は今回登るルートのアプローチと取り付きを下見に行った。時差ぼけもあり一日目は難しくない短いルートを選ぶ。深野さんはヨセミテウォールの上〜トレールを往復6時間かかって19:30に帰ってきた。

5/14(金) ミドルカシードルロック『イースト バットレス』

4:30起床  ミドルカシードルロックはマセード川をはさんでエルキャピタンの向かいにある大きな壁である。この壁には『北アメリカ50選』に選ばれているルート『イースト バットレス』がある。トポには8〜9時間かかるとある。アメリカパーティが同じころ取り付きへ、速く登るからと言って彼達は先へ登り始めた。30才と48才で30才がすべてリードの様である。我々は基本的にはスピード重視つるべであるが、難しいピッチは村谷がリードする事にしている。ヨセミテの空はなんて青いんだろう。空気が非常に乾燥して日差しは強く暑い・・だが陰になるとひんやりとして冷たい位に感じる。50選ルートだけあって素晴しいルートである。高度が増すごとに背景のエルキャピタンが大きく映る。水を持って来るのが少なくて暑さと乾燥で村谷の唇が次第に切れて変色しはじめる。5ピッチで下から男女のアメリカパーティが見える余裕で登ってきている。最後はつるべで進み最了点へ、最後、村谷が『ワァオー』と叫ぶ。ひとかかえある岩がゴロリ・・不安定だが落ちはしない。下のパーティに気を付ける様に言っておいた。
 さてこれからの下降がファジィーであるガリーを降り、2回の懸垂を混えて取り付きへ戻る。 10時間行動、村谷は暑さと脱水状態でバテバテになってしまった。キャンプ4へ戻る。明日はレストしたいと言う。今回のメインである、エルキャピタンは1日後にした方がいいだろうと判断し、次の日、村谷は休養(Mariposa Grove)観光。三浦、深野で『マニュアパイル バットレス』を登る事にする。

5/15(土) マニュアルパイル バットレス『アフターシックス』

 他のヨセミテの巨大な岩壁と比較したら何処にあるか判らない位小さく見える。1960年代に開拓されたエリアで、ヨセミテの花崗岩が初めての人には登りやすい。土曜日とあって多くのクライマーがあっちこっちに取り付いている。ガイドに連れられて登っている人もいる。皆思い通りに楽しんでいる。
 深野さんにとってはヨセミテデビュー、4月の特訓が効果を奏し調子よく登ってくる。4ピッチ目には父親に連れられた10才のケインとフレンドのジョンは少し太り気味。10才の男の子とブレーキングイングリッシュ。深野さんは同じ歳の男の子が居る。最終ピッチ深野さんを確保、デジカメを用意していると、インド人パーティが近づいて来て、登って来る深野さんを写してやろうと言うので頼んだ。頂上で深野さんと握手、下降はトレールを降りる。
 夕方、キャリービレッジへ行き温水シャワーでスッキリする。明日のエルキャピタンに備えて、ゆっくりする。キャンプ4は、スマートな人ばかり、隣のテントはフランス人であった。静かで、お行儀が良い。

 5/16(日) エルキャピタン『イースト バットレス』

 今回のメインであるエルキャピタンを登る。このビックウォール通常3〜7日位の日程を要する。
 標高差1095m、自分達の日数ではビックウォール無理。壁の東側のリッヂは全体の壁からすると半分ではあるが、人口手段を使わず1日で抜けることの可能なルート『イースト バットレス』がある。日曜日とあって他のパーティが来るから一番に登りたいので暗いうちに出発する。壁の基部まで登り右へトラバースするとまた熊・・だが逃げてくれた。取り付きまで一時間であった。前夜キャンプ4でこのルートの情報をアメリカ人クライマーに詳しく得ていた。
 このルートも難しいピッチは村谷に任せる。1・2ピッチがいきなり難しい。登り始めるとニュージャージー州から来たアメリカ人24才とカナダ人23才のパーティがやってきた。村谷が1ピッチ苦労している。すべてナチュプロ、三倉岳でボコボコにやられていせいか、アメリカ人に『He is good climber』と言わせる。彼達も必死で登って来るが追い抜かれる事はない。(非常にラインが読みずらい)3ピッチ三浦4ピッチは5.6だがなんというランナウトか・・。気合の入ったクライミングが続く。12ピッチ目で自分達よりはるか下にいたアメリカ人ソニアとチェコ人が最小のギアで追い抜いて行った。最終ピッチやっと終わった。固い握手。
 下降は踏み跡をたどり70〜80mのフィクスロープ3回を交えて下る。シャワーを浴びてヨセミテストアに行くとアメリカ、カナダパーティが居た。彼達は190cm位ある。『コングラチェレーション』・・握手する。

 5/17(月) ハーフドーム『スネーク ダイク』

 計画ではロイアルアーチーズにしていたが、折角3人で来たのだから揃って登りなおかつ頂上に立てるルートがいい・・ハーフドームの頂上に登ろうという事になった。アプローチが最も遠く判りにくい、果たして取り付きまで到達する事が出来るだろうか。前日の疲れで起床は6時になってしまった。ミラートレールを登って行く。途中、バーナルfall、ネバダfallがものすごい。水量で圧倒される。元気の良いシアトルから来た3人のクライマーが追い越して来た。アプローチを知っているらしく、余り苦労する事なく取り付きに着く事が出来た。それでも4時間かかった。迷って7時間かかったという話もある。
 ルートには3パーティが登っておりその次をシアトル隊その次を我々となり1時間待つ。風が強く寒い。13時やっと登り始める。すべて自分がリードのつもりだったが思わず(^^;)1Pで詰まって2Pまで村谷のリードとなる。3P目からは独特の岩の形状ダイクとなり快適そのもの・・支点は殆んどない。大パノラマの中を登って行く。ただ、ルートは渋滞していた。まだ壁の半分位、5ピッチ程登ってロープをといて頂上へ息が苦しい。
 18:40頂上へ深野さんビデオ撮影。下降は45°の傾斜を300mくらいワイヤーロープを伝っていく。19:30やっとトレール、まだまだ10kmはある20:30には真っ暗になりヘットランプなしでは歩けない。22.30やっと駐車場へ。今夜はビールなし・・

5/18(火)

 18日中に空港の近くに居た方がベターと思いサンフランシスコの20〜30km手前の町ヘイワードで、安い宿を探した。スターバックスに入り、たずねると親切に教えてもらったが、たどり着いたモーテルは別であったが、(カサブランカ1室57ドル)ここにした。202号室、生活習慣の違いからバスルームでハプニングがあり1階に水を漏らしてしまう・・(蛇口まで破る)そして、214号へ移動。これは、何を言われるか判らない・・ドキドキ。とりあえず、夕食を近くのすし屋『若松』に入る。アメリカに来て初めての日本語が聞けた。主人は福岡の人であった。美味しいにぎりを食べ乾杯。支払いは深野さんが、どうしてもおごりたいとの事で・・・ごちそうさまでした。(^^)

5/19(水)

 カサブランカ発6.00宿の主人『ノープロブレム』コーヒーを飲んで行けと・・ホッとする・・空港でレンタカーを返す。 11:55出発

5/20(木)

 成田14:40着

スペースの関係でかなり省略しています。(記:三浦)

 

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