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甲斐駒ケ岳Aフランケ赤蜘蛛ルート(山梨県)
 
 
 
日 時  2021年10月14日(木)~16日(土)
メンバー  内田、鹿野(会員外)
 今年の目標の一つとして、甲斐駒ヶ岳の赤蜘蛛ルートに行こうと話をしていた。しかし、なかなかお互いの都合が合わず、9月末からタイミングを見計らっていたが、なんとかスケジュールを調整し、いよいよ計画を具体化することとなった。
 一日目(10月14日):
 前日、なかなか終わらない仕事をえいやで切り上げ、何とか20時に防府東ICから高速に乗る。南アルプス林道バス乗り場である仙流荘の駐車場には午前5時30分頃到着した。そこからバスに乗って北沢峠へ。平日というのに思ったよりも人が多い。
 9時、北沢峠から仙水峠へ向かう。仙水小屋でありがたく水を汲ませてもらい、さらに重くなったザックに喘ぎながら、いよいよ仙水峠から急な登りとなった。右手には、切り立った白い岩壁に覆われた特徴的なピークが2つ見える。駒津峰に到着すると、それが甲斐駒ヶ岳と摩利支天だと分かった。
 駒津峰から直登ルートを経て甲斐駒ヶ岳山頂に到着。北沢峠から4時間。まずまずの時間だが、さらに赤蜘蛛の取付を確認するため黒戸尾根へ。取付に降りる目印となる岩小屋を探しながら下ると、山頂から標高差で300mほど下ったところに八合目の岩小屋を見つけた。この時点で14時。これなら偵察の時間はある。
 登山道を外れ、思ったよりはっきりとした踏み跡を、テープに導かれて下る。何度もフィックスロープを使ってさらに下へ。芯がバラバラになったロープもあり、全体重をかけるのが躊躇われる。降りるにつれてガスが立ち込め、草木や岩が濡れる中、切り立った崖に付けられた踏み跡を歩くのは気持ちの良いものではない。何度か迷いそうになりながらも、心細い下りにウンザリした頃、ようやく大岩壁に出た。
 ここだ。赤蜘蛛の取付に間違いない。1ピッチ目の岩からは水が滴り落ち、かなりの部分が濡れている。この状態で登攀できるかどうか不安に駆られるが、少しでも岩が乾くことを祈って、来た道を引き返す。明日に備え、お酒も控え目にして、早めに就寝。
取付までのログ
 二日目(10月15日):
 起床後、しばらくすると薄明るくなり、視界が効いてくる。昨日、赤石沢に立ち込めていたガスは跡形もなく姿を消し、上空には雲一つない。雲海の端から朝日が立ち上ると、鮮やかなモルゲンロートが世界を赤く染めた。眼前に広がった得も言われぬ光景に、お互い言葉もない。今日は素晴らしい一日になりそうだ。
 取付までのアプローチを下る。偵察しておいたおかげで、昨日1時間ほどかかったのが、今回は35分で到着。ガスがないせいか、草木や岩も乾いている。1ピッチ目も多少の染み出しは見えるが、昨日に比べるとコンディションは随分ましだ。
 準備をしてから、7時に登攀開始。全9ピッチをつるべで、奇数を鹿野が、偶数を内田が登ることにする。
 まずは1ピッチ目に鹿野が取り付く。事前の情報どおり、やはり2ピン目が遠い。今回、人工登攀とはいえ、鹿野と相談して、チョンボ棒は使わないことに決めていたので、あくまで自力で突破しなければならない。
 鹿野は何度かアブミに乗ってバランスを確かめていたが、そのうちハング下の岩に足を引っかけ、絶妙なバランスで2ピン目にヌンチャクをセット。後はアブミの架け替えで、終了点のバンドに到達した。バンドに上がり込むところでマントルを返すのが気持ち悪い。
出だしから難しい1ピッチ目
  2ピッチ目はジェードル沿いに走るクラックを登る。グレードは5.8なので、ここはフリーで。決して難しくはないが、ヌンチャク20本以上、カム2セットの重さが難易度を上げる。左のスラブは滑りそうなため、クラックを使って手ジャム足ジャムでじわじわ進む。リングボルトもあるが、カムが良く効いた。途中にスリングのかかった終了点があったので、本来よりも短くピッチを切ってしまった。
 3ピッチ目は、引き続きジェードル沿いのクラックを登り、途中から左のクラックへ。そのまま小ハング下の終了点までロープを伸ばす。ジェードル沿いのクラックは所々で内部が濡れている上、微妙なサイズの幅が出てきて余計な力が入る。そして左のクラックへのトラバースは手掛かりのないスラブで、おまけにクラックは草や泥が詰まっていて使えない。ここは躊躇なくアブミを使って越えた。
はるか先でジェードルから左のクラックへトラバースする鹿野
  4ピッチ目は、リングボルトを辿って小ハングを越えると、V字ハングが現れる。小ハングを越えたところにトポ上の終了点があった。そこから5.8のはずだが、V字ハング下の右のフレークから次のホールドが分からず、ここもフリーでは越えられない。結局、アブミを使ってV字ハングを越えた。
 その上も、脆い岩の棚と草付きが続き、安心はできない。小ハング下からのロープの流れも悪く、重いロープを引きずりながら大テラスに出た。ここで小休止。喉が渇いていたので、ようやく飲み物を口にする。この時点で10時だが、まだ半分も終わっておらず、気を引き締め直す。
小ハング上のV字ハングを越える内田
 5ピッチ目は、テラスからジェードルを登る。レイバックでスラブへ上がり、左のカンテに回り込むと、すっぱりと切れた岩の断面に走るクラックが目に入った。スーパークラックとクロスラインだ。ネットでの画像は何度も見ていたが、実際、これほどの規模の平面に走るクラックを見るとその迫力に圧倒され、自分が下界から隔絶された場所に身を置いていることを実感する。そのままカンテを進めば、スーパークラックの基部に到着。
圧倒的な存在感で迫る岩壁とそこに走るクラック
 6ピッチ目は、頭上に伸びるクラックを辿るが、傾斜がある上、あまりに岩の規模が大きいので、距離感が把握できない。とりあえず、出だしのボルトラダーをアブミで登る。間もなくボルトは途絶え、いよいよトポにも記載されたAA1のセクションに入った。
 頭上にはキャメロット0.5サイズ前後のクラックが伸びるのみで、頼りとなる人工物はない。セットしたカムにアブミをかけること自体は難しくないが、ボルトラダーにもまして時間がかかる。なかなか終了点に近づかないので、途中、カムが足りるかどうかドキドキしたが、ほぼカム2セットを使って終了点に到着。
 古びたリングボルト3個の終了点だが、ようやく一息つけた。ここで6ピッチ目のセカンドと7ピッチ目のトップを確保するので、長時間のハンギングビレーとなる。
岩の規模が大きすぎて距離感がつかめない
 7ピッチ目は、スーパークラックから外れ、ボルトを拾って恐竜カンテへ。ふと見下ろすと、すっぱりと切れ落ちたはるか下に地面が見える。この高度感もマルチピッチの醍醐味だろう。
 そのまま簡単なアブミの架け替えかと油断していたら、思いのほかボルトの間隔が遠い。おまけにボルトのブランクセクションがあり、カムを2つほど使って終了点へ。セカンドの自分は楽をさせてもらったが、6ピッチからの継続で登った鹿野は体力的・技術的にも厳しい登攀を強いられたはずだ。
恐竜カンテの向こう側に出てからが厳しかった
 8ピッチ目は、目の前のフェースを越えてから右上する。その先にスラブがあるが、ここもA1ルートだと自分に言い聞かせ、アブミを使って難なく越えた。同じ人工登攀でも、これまでの厳しいピッチと比べると、距離も短く、難易度は低めか。終了点は手前の立木ではなく、安定した場所でカムを使った。
 いよいよ最後の9ピッチ目。Ⅱ~Ⅲ級ブッシュ混じりの岩場ということだが、様子が分からないので、念のためにビレーをする。するすると50mほどロープが出てから、解除のコールがかかった。そして、ようやく終了点へ。登攀開始から9ピッチ目の終了点までの登攀時間は7時間。長い長いクライミングが終わった。装備を解除して5mほど上がったところに、Aフランケの頭の岩小屋がある。整備用だろうか、ザックやロープが置かれていた。
Aフランケの頭の岩小屋
 とりあえず無事に登攀を終えたことに安堵するが、安全地帯まで戻らなければならない。
 岩小屋の左手から明瞭な踏み跡を進むと、すぐに見覚えのある場所に出る。あとは、今朝、通ったばかりの踏み跡を辿り、八合目の岩小屋へ。ここで改めて鹿野と固い握手を交わした。言葉を交わさなくとも、今日一日経験した厳しいクライミングをお互いに振り返る。夕食時、このために頑張って荷揚げしたビールで祝杯をあげた。
 三日目(10月16日):
 本日は下山するだけだが、せっかくなので甲斐駒ケ岳の山頂でご来光を拝むことに。山頂までの結構な登りを必死になって鹿野についていくと、明るくならないうちに山頂に到着した。
 雲海の下から上がってくる日の出は言葉にできないほど神々しい。しかし、赤石沢はガスで覆われており、1日早くても1日遅くても、昨日ほどのコンディションには恵まれなかっただろう。
甲斐駒ケ岳山頂でご来光をバックに
 ご来光を拝んだ後、摩利支天に寄り道してから、下山は駒津峰から双児山を通ることにする。土曜日だけあって、流石に人が多い。すれ違う人から大きな荷物に不思議そうな目を向けられながら、北沢峠へ下った。
 素晴らしく恵まれたタイミングで甲斐駒ヶ岳Aフランケ赤蜘蛛ルートを登ることができたのは素直に嬉しい。しかし、同ルートがフリー化されたスーパー赤蜘蛛は自分にはとても登れないと思った。
 今回、オールフリーで登る人と自分との間にどれだけ大きな差があるか認識させられる良い機会となった。スーパー赤蜘蛛を登れるかどうか分からないが、これからもクライミングの力を高めていきたいと思う。
 
( 文:内田、 写真:鹿野・内田 )
    
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