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紅葉の槍ヶ岳~裏銀座・縦走 -Ⅲ
日 程  2014年10月2~4日
メンバー  福山 清二
行 程  10月2日 (三俣キャンプ場~鷲羽岳~水晶岳~野口五郎冬季小屋)
三俣山荘キャンプ場6:10~鷲羽岳8:20-9:10~(昼食)12:00~水晶小屋12:40~
水晶岳13:30~水晶小屋14:20~東沢乗越14:50~真砂分岐17:50~
野口五郎冬季小屋19:40(泊)

 10月3日 (野口五郎冬季小屋~三ッ岳~烏帽子小屋)
野口五郎冬季小屋9:00~(中止)野口五郎冬季小屋9:20~(睡眠・昼食)~
野口五郎冬季小屋(再)13:10~三ッ岳15:10~烏帽子小屋16:10(泊)

 10月4日 (烏帽子小屋~高瀬ダム(タクシー)~信濃大町~名古屋~厚狭)
烏帽子小屋6:05~高瀬ダム10:07~タクシー10:30~信濃大町11:20~(風呂・昼食)~
信濃大町12:37~松本~名古屋~厚狭20:52
 内  容

 ・鷲羽岳登山から縦走を開始、鷲羽岳は周囲からの眺めも良いが、登るごとに尾根の向こうに新たな山々が見え出す、見晴らし抜群の山だった。

 ・頂上からは槍ヶ岳はもちろん黒部五郎岳、水晶岳、薬師岳、立山、その向こうに富山の日本海まではっきり望むことができた。

 ・水晶小屋から野口五郎冬季小屋を目指してスタートした時は烏帽子岳まで見える程の穏やかな天気だった。ところが30分もしたら小雨が降り出し、すぐに視界は30m程度になり、日没とともに雨量が増え冷たい強風となった。
 今回のルートでは珍しい岩稜系の縦走路になり、岩の目印をライトでたどる縦走は慎重に行動したので次第に速度が遅くなった。

 ・野口五郎冬季小屋で泊まったが一晩中台風の感じで荒れ続けた。
 [第5日目 10月2日(木)] 天候 晴れのち雨

 三俣キャンプ場を6時に出た。
 すぐ奥穂高から烏帽子小屋まで縦走の20代女性が追い越した。彼女は烏帽子小屋泊だから先を急ぎ、私が頂上に到着した時はもう姿はなかった。
双六岳、三俣蓮華岳と三俣山荘
鷲羽岳頂上付近から鷲羽池
鷲羽岳から水晶岳、後方に富山の日本海
 頂上には数人おられたが、鷲羽岳から奥へは青年1人が水晶岳経由で 雲ノ平、高齢者1人はワリモ北分岐で降りて行かれた。
ワリモ北分岐、左奥が水晶岳
 水晶岳を前にして他に強風を避ける場所はなさそうだったのでハイマツの陰で早めに弁当を食べた。
 酢飯にアユの甘露煮、酢バス、玉子焼き等々、酢が強めに効かせてありとても美味しかった。包装紙には三俣山荘だけでなく雲ノ平山荘など系列小屋が印刷してあった。空箱は紙の特製だったが工夫が感じられお土産にしたいほどのものだった。
 少し進むと高齢ご夫婦と出会った。「水晶岳は見晴らしが良かった。こんな場所まで来ることは二度とないと思い感動している。」と言われていた。私も同じ思いだった。
 程なく水晶小屋分岐、すぐそばの水晶小屋は既に閉鎖されていたが先ほどの青年のザックがデポされていた。そこへ真砂方面から別の青年が登って来た。
 湯俣山荘から来た彼は「縦走路に人がいませんね。女性1人だけだった。」と話し、水晶岳には登らないとのことで写真を撮りあって別れた。
ザックをデポして水晶岳に
 水晶岳頂上は風が強いうえ座ることも出来ない感じの岩が立つ狭い場所で、頂上を示す標の写真を撮るにも苦労するほどだった。
水晶岳頂上
 水晶岳からの眺めは抜群、頂上付近が真っ白で雄大な野口五郎岳をはじめとする裏銀座の峰々の景観は見惚れるばかりだった。
水晶小屋と裏銀座縦走コース
 水晶小屋から30分、東沢乗越付近から雨になり視界は30m程になってしまった。ゆっくり進んでいると雷鳥と遭遇した。腹部の一部は白色に変わっており降雪の近さを示していた。
 風雨はだんだん強くなり縦走路は岩稜が続いた。
 ほとんどはストックが役立つ優しい岩稜だが時折両手を使ってよじ登る部分もあるなど、先ほど遠方から眺めた時は穏やかで歩きやすそうに見えたが実際は全く違っていた。真砂分岐まで途中には何の表示もなく、日没後は目印をヘッドランプで探しながらの行動だった。
 暗闇の中で真っ白な花を沢山つけた様な木が映る、ハイマツの葉なのでストックで強くたたくとその部分だけは黒くなった、やはり葉が凍結していた。
 さらに進むと岩に野口五郎小屋まで500mの白ペンキの表示が現れ、その後も100m毎に表示があり野口五郎冬季小屋に到着した。
 ザックカバーは強風で吹き飛ばされる恐れがあるため使えなかった。シュラフや着替えなどは万全だったが、ビニール袋に入れても部分的に濡れたものもあった。コンロのライターは予備で着火、温かい夕食を食べることが出来た。
 [第6日目 3日(金)] 天候 雨のち曇

 一晩中、台風状態が続き、鍵のかからない入口は強風で何度も開くほどだった。朝になって少し風が弱まった感じなので、時間をかけてゆっくり進むつもりで9時に冬季小屋を出発した。
 しかし、わずか100m進んで稜線に出たら凄い強風、ストックを風下に突き刺していないと立てないぐらい、これでは無理と冬季小屋に引き返し、再び寝て休養したら風も少しおさまってきた。
 夕方までに余裕をもって烏帽子小屋に到達するためには、そろそろ出発しようと昼食を取っていたら、突然、屈強な青年が大きなザックで入って来られた。
 「白馬の栂池からの縦走中で6日目、9時に烏帽子キャンプ場を出たが4時間かかった。自分は体重が80kg、ザックが25kg合計100kgを超えるが稜線で何度も吹き飛ばされそうだった」と語られた。
 私は「三俣山荘までは相当な距離があり、多くが稜線沿いで危険個所もあり安全なビバーク場所もない」と伝えた。
 彼は「こんな立派な冬季小屋があるとは知らなかった。今日はここに留まる」と言われていた。
 1時間ばかり話したが烏帽子小屋は近いし、危険個所はほとんどなく、天候も一部に青空も見えてきたので13時頃、青年に送られ烏帽子小屋目指して再出発した。
お世話になった、野口五郎冬季小屋
 ガスは濃くて50m位しか見えなかったが、雨は止み、強風も治まったためコースタイムどおり進むことが出来た。
 三ッ岳付近では急に霧が晴れ、目の前に烏帽子岳が姿を現した。
 後は 下るだけ怪我に注意して歩き烏帽子小屋に到着した。
三ッ岳付近から烏帽子岳方面
 16時を過ぎた到着のため小屋の夕食はだめでカレーライスにしてもらった。1泊朝食+カレーライス、昨日の野口五郎冬季小屋の使用料2,000円もここで支払い出来た。
 明日は6時出発、小屋の衛星電話を借りて10時に高瀬ダムまでとアルピコタクシーに予約を入れた。
 烏帽子小屋でのテント泊は2グループ4人だったが小屋泊は私1人だけだった。乾燥室はストーブが焚かれており、靴以外のものは全て乾燥することができた。小屋の主人がここは台風でもあまり風が吹かない場所なのだが昨日は珍しく台風以上の風だったと言っておられた。
 [第7日目 4日(土)] 天候 曇りのち晴れ

 朝食後すぐに出発、登山道の傾斜は考えていたよりきつく、下りると言うより降りるが適切と思える状況だった。
 周囲の紅葉は一番良い状態だが出会ったのは3グループ6人で全員が烏帽子岳登山だった。すぐ隣の山の一部が大きく崩れ落ちている状況は凄まじく、高さは500m以上あるように思えた。
 今日の下りは2,551mから1,270mまでの約1,300mだから、何度も経験しているのだが傾斜がきつく速度が出せない、いくら降りてもダムは遠そうで10時の予約に間に合うか不安になった。
 やっと登山口まで下りたが高瀬ダムらしいものはない。表示らしきものを頼って真っ白な花崗岩砂の堆積場を500mばかり進むと今度は湖の一部にかかる約300mの狭くて長いつり橋、さらに真っ暗な長いトンネルの歩道を18kgのザックを背負いストックにも頼って走るように歩いた。トンネルを出るとそこは高瀬ダム、駐車していたタクシーが近づいて来てくれた。7分遅れの到着だった。
 運転手から、トンネルの長さは400m、ここの傾斜はアルプス3大急登として有名、ここまでは砂利運搬のダンプと指定のタクシーしか入れない。このダムの地下に原発一基分の揚力発電所が設置されている。ここの砂利は強度が無いため建材にはならず路盤材や埋立てしか使えないなど教えてもらった。
 信濃大町駅前の日帰り入浴できる旅館で下してもらった。
 まとめ

 天候に恵まれ紅葉や大自然を満喫できた。思い残すことのない大縦走だった。最後の天気の急変には山の怖さを感じたが安全登山をしっかり貫くことができた。

 ・ しかし、高齢による体力の衰えも改めて実感した。
 山は逃げる、今しかないと私にとっての大縦走を計画したが多くの方々の助言をいただき筋肉疲労も、靴擦れもなく無事達成出来たことを喜んでいる。

 ・今後はもっと楽な行程でゆっくりした山旅を楽しみたいと思っている。
( 文・写真 福山 )
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